110年以上前に活躍していたウィーン郊外の蒸気機関車

ヨーロッパは鉄道がよく発達していることで知られています。オーストリアは帝国時代からプランされヨーロッパの中でもかなり早くから鉄道が発達し始めた国で、帝国の都ウィーンとを結ぶ路線という自然な考え方からも来ています。またオーストリアは鉄鋼業が重要な産業のひとつに数えられているという背景もあります。

ウィーンの街に来た方はこの街は何とたくさんの路面電車が走っているのだろうとお思われるでしょう。この路面電車は鉄道馬車から始まっています。ドイツ語で鉄道馬車は"Pferdeeisenbahn"(プフェルデアイゼンバーン)と言われ、オーストリアでは1825年に現在のチェコBudweisの南Netrowitzで最初の工事が始まって、リンツに向けて最初の50kmが1827年に完成し、リンツまでの全区間は1832年に完成し、その年の8月1日にフランツ2世/1世皇帝と皇后カロリーナ・アウグスタの同席でオープニングセレモニーが行われました。これがヨーロッパ大陸では一番最初の鉄道工事となっています。

その後まもなく蒸気機関車が導入されることになりますが、オーストリアでは1836年に最初の工事が始まって、1838年に開通する Kaiser Ferdinands-Nordbahnが一番最初です。その後蒸気機関車が主流になり、20世紀初頭になると一般人も蒸気機関車に揺られて遠出をすることが人気となっていました。

 

今日はウィーンの郊外に当時人気のあった蒸気機関車について少しまとめておきます。

 


 

上の2枚の写真は私がよく子供と走るEuro Vero 9号線にもなっている気持ちのいいサイクリングコースです。

ここはぶどう畑が広がり、奥の方にはカーレンベルクなどが見渡せ、とてもウィーンとは思えないのんびりした美しい自然が広がっています。今ではのんびりしたサイクリングコースとなっているこの場所には20世紀初頭からは蒸気機関車が走っていました。

 

このサイクリングコースには右の写真に見られるようにウィーン市の通りの名前を示す標が立てられています。

"ウィーン21区 Alte Bahnstrasse"と書かれています。日本語では"旧鉄道通り"なんて意味になると思います。ここを走っていた蒸気機関車はDampftramway-Gesselschaft "Kraus und Company"によるもので1901年に営業許可を取得し、1903年にはウィーンのホイリゲで有名なStammersdorf~Auersthal間22kmの営業を始めました。前述したように20世紀初頭は蒸気機関車に乗ることが流行し、蒸気機関車は大変な商売繁盛でした。

 

 

 

 

上の写真がこの当時の蒸気機関車です。

この蒸気機関車は時速25km,60馬力の性能で多くの人を喜ばせました。

10年後の1913年にはNiederösterriechischen Lokalbahnenがこの蒸気機関車を引き継ぎ、その後1935年にはオーストリア連峰鉄道(ÖBB)に引き継がれ、1日10往復も走っていました。

1988年5月28日に営業が停止され、その後ここはサイクリングコースになったというわけです。

ここを走るとわかりますが、当時使用されていた駅の一部、歴史的資料や実際に使われていた蒸気機関車の車輪やポイントの切り替え装置などが展示されていて当時を偲ぶことができます。

 

 

 

 

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