もう何回も書いていますが、ウィーンの美術史博物館は15世紀~18世紀の絵画史上重要な
作品だけが集められており、その素晴らしい美術品を展示することを目的として、つまり
当初から"美術館"を意図としてリンク道路沿いに新たに作られた建物ですから、内部空間もその美術品に相応しく、とても贅沢な空間になっています。
その美術史博物館からティツィアーノの知られた肖像画を1枚見たいと思います。
ティツィアーノはヴェネツィア派最大の巨匠と言われ、1488年にヴェネツィア共和国の
ピエーヴィ・ディ・カドーレで生まれたとされいますが、正確な年代はわかっていないようです。10歳~12歳ぐらいの時に画家の弟子になるためヴェネツィアに送られたようです。
ヴェネツィア派の創始者とも言われるジョバンニ・ベリーニの工房で修行し、そこで
ジョルジョーネとも出会い、彼の未完成の作品をティツィアーノが完成させていく過程で
独自のスタイルを身につけていきました。
ベリーニが1516年、ジョルジョーネが1510年の亡くなってからはその後60年間は
ヴェネツィア派最大の巨匠であり続け、ハプスブルグ家のカール5世やその後の
フィリップ2世からの庇護も受けてハプスブルグ家の宮廷画家としても数々の作品を残しまし、1576年のヴェネツィアで亡くなっています。
こちらはそのティツィアーノの
"ヴィオランテの肖像"は
1515年~1518年に描かれ、
美人画と呼ばれる16世紀前半のヴェネツィア絵画の特徴を見ることができます。
Violante・・・ヴィオランテは
イタリア語のviola、ドイツ語の
Veilchen(すみれ)から由来した名前で、この絵の彼女にとっての左の胸元にすみれの花が見られます。
彼女が身に着けているデコルテは
ローブ・デコルテでも知られる
首元や胸元を露にしたドレスで、
ティツィアーノはそこに意識的に
青、赤、黄色を使っています。
実はその3色が微妙に彼女が
つけているすみれに使われています。
大胆な色使いに対し、金髪の細かいタッチや美しい肌の描写も見事で当時の理想の女性像を
表しています。この女性は高級娼婦と言われていますが、そんな人物に理想の美しさを
見出しているおもしろさがあります。
この時代はこのような美しい女性の肖像画がたくさん描かれていました。
ティツィアーノは後の巨匠ルーベンスやベラスケスにも大きな影響を与えました。