美術史博物館のフェルメール

ウィーンの美術史博物館はウィーンに来たら外せないスポットで、絵画に興味がない方でも是非1度は見て頂きたい素晴らしい美術館です。

このコーナーでも美術史博物館については何回か話題にしていますので、"絵画" を是非参照して下さい。

 

今日はこの美術史博物館からフェルメールに登場してもらいます。

 

 

ウィーンの美術史博物館にこのフェルメールの"絵画芸術"(俗に画家のアトリエ)があることはとてもありがたいことです。

フェルメールはここ30年ぐらいから日本では知られるようになったと思いますが、19世紀後半にはすでにゴッホによって賞賛されています。

 

フェルメールは1632年オランダのデルフトで美術商、居酒屋も営んでいた絹商人の息子として生まれています。21歳で結婚し画家組合にも入り、その後父が亡くなったここから事業を引き継ぎます。

画家ということはローカルでは知られていましたが、それで生計が立てられたわけではありませんでした。

43歳で亡くなるこの画家の作品数は約35点ぐらいしかなく、それもまだ5点ほどは彼の作品ではない・・・という意見もあってハッキリしていません。

 

フェルメールと言えば、牛乳を注ぐ女性などがよく知られ、そこでも登場している外からのガラスを通しての光が印象的ですが、このガラスが豊かさの象徴で、彼の絵にはよく登場します。

しかし、この絵画芸術では室内ですから外からのガラスを通しての光は登場していません。

でも代わりに地図を見ることができます。この地図がガラスと同様の役割をしています。

地図は当時誰でも持てる物ではありませんでした。

この地図はまだオランダが分割される前の17州が描かれています。

このうち7州が1648年のウェストファリア条約で独立を承認されます。

 

実際は地図以外にもシャンデリア、タペストリーのようなカーテン、大理石の床、金鋲が打ち付けられた革張りの椅子などとても高価なものが描かれていますね。

これはフェルメールの画家としてのプライドであり、この絵はおそらくフェルメールが名刺代わりに使っていたものという見解もあります。

彼はこの絵を彼の生前中に手放すことはありませんでした。

 

描かれた内容に対し、人物や物の調和のとれた完璧な構図で画面を統一するという画期的な方法でオランダ絵画に大きく貢献しています。

 

私達は一気にアトリエの奥へと導かれます。時代遅れの衣装をつけたおそらく画家本人が、神話に登場する歴史の象徴であるミューズのひとりであるクレイオーを描いています。

 

フェルメールはこの完璧な構図を作るために、当時の最新鋭の技術を駆使したカメラ・オブスクーラというものをおそらく使用したとも言われています。

このカメラは現在のように画像として定着できるものではなく、カメラが移した世界が逆さまになって2次元で投影されるというものです。

 

テーブルには絵画論、マスク、スケッチ帖が置かれ、キャンバスは書き始めであることがわかります。

 

歴史の神が画家に対してオランダの歴史を伝え、フェルメールがその霊感を受け取ってそのまま写しているようですね。

 

この絵はとても貴重なこの美術史博物館の1枚です。

 

 

 

 

 

 

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