ウィーンの画家として名高いHundert Wasser (フンデルト・ヴァッサー)が手掛けた
フンデルトヴァッサーハウスは観光ポイントとしても人気があります。
フンデルト・ヴァッサーのことを知っているウィーンに来られる観光の皆様は、
たいていフンデルト・ヴァッサーハウスというウィーンにある市営住宅をおそらく最初に
見るでしょう。
もちろんそちらは有名ですが、今日はフンデルトヴァッサーハウスではなく、彼が手掛けた教会について書きたいと思います。
こちらがその「バルバラ教会」です。
この教会はシュタイヤーマルク州の州都グラーツの西数十キロに位置し、ウィーンからは
車で約240km離れた人口約5300人の街、Bärnbach(ベルンバッハ)にあります。
もともとこの教会は、1950年、戦後の教会として建てられましたが、1987-1988年にフンデルト・ヴァッサーによって改築されました。
当初の教会はとてもみすぼらしくて、長期にわたっての使用は期待できないという批判がありました。
このBärnbachに住む国際的に知られていた切手彫版師のWolfgang Seidel は、フンデルト・ヴァッサーとは友達で、そこからこの教会改築の話が持ち上がったわけです。
当初の教会の形のまま改築されました。
フンデルト・ヴァッサーは、失業中のエンジニアの父エルンストと母エルザお間に1928年12月15日ウィーンで生まれました。
フンデルト・ヴァッサーが1歳の初めての誕生日を迎えた13日後に父エルンストは盲腸で亡くなっています。
その後母がひとりで彼を育てました。
7歳でウィーンのモンテソーリの学校に入り、その頃から彼は、すでに普通とは全く違う形やカラフルな色を使って描いていました。
母エルザはユダヤ人でしたが、フンデルト・ヴァッサーはカトリックの洗礼をこの頃に受けています。
ヒトラーの時代、オーストリアが併合されたことで、フンデルト・ヴァッサーはウィーン市の学校に編入しました。
ウィーンの美術アカデミーでも少しだけ学びますが、基本的に色々な所を旅しました。
2回目の結婚は日本人とで、日本に来たこともあり、浴衣を着た彼の写真なども残されています。
フンデルト・ヴァッサーは直線を極力きらい、曲線を用い、様々な色を使い自然という本来の原点を見つめました。
彼のコンセプトは「人間は直立した時から過ちが始まった・・・」アスファルト化された道路は
不自然であり、本来様々な姿が
地球上にある・・・それと同様に様々な生物が、様々な表情で人生を歩んでいる・・・だから地面、床、窓、屋根、建物だって様々な表情があるべきだ・・・
そこで曲線が主流となっているわけです。渦巻き模様も特徴のひとつです。
こちらの写真は教会内部です。
メイン祭壇はイエスの磔がテーマになっていて、背景はモザイクになっています。
モザイクは地面、床、窓、屋根等に頻繁に登場します。
こちらは渦巻きのステンドグラスです。
彼の絵画にもこのような特徴を見ることができます。
フンデルト・ヴァッサーはたくさんの絵も残していますが、やはり建築物のデザインを見る方がフンデルト・ヴァッサーらしさがよくわかるのではないかと思います。
遊び心たっぷりに見られますが、彼の、強いコンセプトのもとに考えられて作られています。
この教会の敷地には、世界のあらゆる宗教的シンボルも見ることができます。
ちょっと他では見ることができない素敵な教会です。