ウィーンにはシェーンブルン宮殿という、マリア・テレジアイエローで有名なバロック建築の世界遺産があります。
16世紀中頃から登場しますが、現在の形になったのは18世紀中頃です。
中心から約5km西に離れたこのシェーンブルン宮殿は、ハプスブルグ家の夏の離宮・・・言ってみれば別荘です。
ウィーンの中心にはとても複雑な「王宮」・・・Hofburg(ホーフブルク)があり、こちらがいわゆる大元の都市宮殿です。
王宮については非常に複雑なので、このコーナーでは何回かにわけて取り上げようと思います。
シェーンブルン宮殿のように庭がゆったりしていて、大きな宮殿がドーンとかまえているわけではありませんが、歴代のハプスブルグ家の皇帝達により、時代と共に様々な増改築が行われ、その結果色々な建築様式から成り立つとても複雑な建造物になっているのです。
王宮は結果的に一度も完成しませんでした。
ハプスブルグ家は約650年というヨーロッパで一番長く続いた王朝でした。
1273年にハプスブルグ家のルドルフ1世が神聖ローマ帝国のドイツ王に選ばれてから、帝国が崩壊する1918年まで続くわけですが、その後、現在のオーストリアに至るまで、今でもたくさんの末裔の方がいるわけです。
つまり王宮は13世紀~20世紀までの様々な建築様式から成り立っているわけですね。
その王宮の中で、一番古い部分はどこなのでしょうか。
実際王宮はハプスブルグ家が始まる前の、バーベンベルク王朝の君主レオポルド6世によって、13世紀前半にはおそらく最初に建築されました。
その後ボヘミア王オットカル2世が拡張したとされています。
王宮の一番古い部分は「スイス宮」Schweizertrakt (Schweizerhof)
です。
当時スイス宮は、ほぼ正方形で、中庭を真ん中に持ち、建物の四隅には綺麗なゴシック様式の塔があったことが分かっています。
街を囲む城壁の一部に組み込まれ、お堀がありました。
こちらはスイス宮の中庭風景です。
写真には階段が見えますが、それを上がった所にアーチがあり、そのアーチの上に十字架マークが見られます。
ここは「Burgkapelle」(ブルクカペレ)という王宮礼拝堂で、15世紀中頃に建築されました。度重なる増改築のおかげで、教会の入口が全く隠れてしまってます。
そのため、知らなければここが教会ということはわかりませんね。
でも、この写真のように、少し後ろに下がって観察すると、上の方にちゃんと教会の塔が見えています。
この中庭を通り抜けて行くと、ゴシック様式の教会部分がちゃんと残されているのを見ることができます。
ちなみにこのBurgkapelle で、9月~翌年6月まで、毎週日曜日 朝9:15分からあのウィーン少年合唱団のミサが行われます。
ウィーン少年合唱団のチケットに関しては、こちら→ウィーンの博物館とオープン時間で、「王宮 Hofburg」を参照して下さい。
立ち席はタダです!
この教会の下には「Schatzkammer・・・宝物館」の入口があり、
ハプスブルグ家の世俗・教会の財宝が展示されていて、必見の博物館のひとつです。
こちらは有名なスイス門です。
16世紀半ばの貴重なルネッサンス様式で、スイス宮に組み込まれています。
当時ここには跳ね橋がかかっていて、跳ね橋の下はお堀でした。
よく見るとワッペンがありますが、双頭ではなくて、単頭の鷲です。
ちなみに、単頭の鷲は古代ローマ帝国の国章としても使われていました。
現在のオーストリアの国章にも使われていますね。
でもこのスイス門の単頭の鷲はもちろん現在のオーストリアには関係ありません。
この門は、王宮の中庭にありますが、この門をくぐると、1枚目の写真のようにスイス宮の中庭に通じてます。
このスイス門の写真を見ると、アーチの奥にスイス宮の中庭が見えています。
王宮には、ウィーン博物館とオープン時間 の「王宮 Hofburg」 でも紹介していますが、様々な博物館があり見どころも豊富です。
今回は王宮の一番古い「スイス宮」について少し触れました。
前述したように王宮はとても複雑です。
また時間を見つけて後日王宮の別の部分を紹介したいと思います。