早いもので今日は12月24日のクリスマスイヴです。
こちらの各家庭ではクリスマスツリーが飾られ、そのツリーの下にプレゼントがいっぱい置いてあることと思います。街中は昼過ぎぐらいから人の数がどんどん少なくなっていき、
家に閉じこもり、家族とクリスマスを過ごすわけです。
ずっと続いてきたクリスマスの盛り上がりがうそのような静けさです。
うちも先日買って庭に置いてあったクリスマスツリーを慌ただしく飾りました。
夕食が終わった後のプレゼント交換(Bescherung)が待ち遠しいです。
イヴと言えばやっぱりこのこの話題にどうしても触れたくなってしまいます。
プレゼント交換の前に敬虔な気持ちで歌われる"きよしこの夜"オーストリアからの世界中に広がって親しまれている歌です。
世界一音響がいいホールのひとつで、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートと言えばウィーン楽友協会ホールですね。
以前にも楽友協会の4つの地下ホール、楽友協会ホールのパイプオルガンなどをこのコーナーでも紹介しています。
楽友協会ホール自体がギリシャ神殿スタイルをベースに建築されているので、建物内部やホールにもその要素が見られます。その要素のひとつである女像柱です。
ウィーンの王宮界隈には多くのアンティークショップがあるわけですが、その中でも特にデパートみないなドロテウムは有名ですね。
その他にもウィーンでは定期的にアンティーク市やのみの市が開かれますが、毎週土曜日に開かれる恒例の"のみの市"も地元では大変賑わっています。
"音楽の都 ウィーン"をテーマにすると、この街はいくら時間があっても足りません。
至る所に有名な音楽家の跡が見られるわけです。
オーストリア人ではないにもかかわらず、このウィーンにたくさんの足跡を残した作曲家といえばベートーヴェンですね。
ベートーヴェンについては、このコーナーでも中央墓地、ベートーヴェンの記念像、
最後の住居、21区の滞在場所、バーデンの第九交響曲の家と多く紹介していますが、
なぜか一番有名な遺書の家についてはまだ書いていなかったので、今日はこの遺書の家に
ついて少し書いて見ようと思います。
王宮の宝物館には大変貴重で、歴史的にとても重要な物がたくさんあるわけですが、
前回はルドルフ2世の帝冠(オーストリア帝国の帝冠)を紹介しましたが、今日は同じ帝冠でももっと古い神聖ローマ帝国の帝冠について書いてみたいと思います。
先日Stammersdorfからの気持ちのいいサイクリングコースを紹介しましたが、その時に
"Euro Velo"(ユーロヴェロ)に一瞬触れました。
このEuro Veloについて少し書きたいと思います。
ウィーンは森の都と言われ、緑がとても多い街ですが、ウィーンの森を除き、街中で最も
緑が多い場所と言えば、映画「第三の男」で登場する有名な大観覧車があるプラター公園
です。
映画を知ってる方は、やっぱりこの大観覧車に乗ってみたいですし、また知らなくても
名物大観覧車からの眺めを楽しみたいですね。
でもここは地元の皆さんにとっては、豊かな緑がある憩いの場所であると同時に、
そこそこ大きな遊園地でもあり親しまれています。
ウィーンには歴史的に重要な教会がいくつもありますが、そんな教会の中にも言われあるものや重要なものがたくさんあります。
今日はここでもすでに登場したアウグスティーナ教会の中にあるマリア・クリスティーナの素晴らしい墓石について少し書きたいと思います。
ウィーンの街はヨーロッパで一番長く続いたハプスブルグ王朝の居城であると同時に神聖ローマ帝国の皇帝の居城として長く君臨した街なので、様々な物がこの街ウィーンに集まって来ました。
例えば”アンティーク”もその中に入るでしょうか。
ウィーンはアンティークに興味があればかなりおもしろい物が見つかると思います。
旧市街では王宮界隈にかなりの掘り出し物が置かれている小さなアンティークショップが数多くあります。
しかし、今日ここでテーマにする"DROTHEUM" (ドロテウム)は規模が比較になりません。
以前このコーナーでシェーンブルン宮殿の動物園について紹介しました。
散歩がてらに出かけてもかなり楽しい動物園ですが、現在営業している動物園では世界最古のシェーンブルン宮殿の動物園に日本からの特別ゲストが2人!?
元気な姿を見せてくれています。
その2人とは・・・
ニホンカモシカとタンチョウヅルです。
ウィーンのリンク道路沿いにある公園のひとつに国会議事堂の前にあるバラが多く咲いているVolksgarten (フォルクスガルテン)・・・国民庭園があります。
そこには以前ここでも紹介したテセウス神殿というミニギリシャ神殿がありますが、リンク道路からもっと奥に行ったあまり目立たない所にエリザベートの像があります。
ヴァッハウ渓谷は全長2.800km以上あるドナウ河の最も美しい所であり、船下りの名所として人気があり、また世界遺産にも登録されています。
ここには色々な街がありますが、やっぱりヴァッハウ渓谷の定番の街と言えばデュルンシュタインでしょうか。
ウィーンにいる限り、このオーストリアという国にアルプスが大きく横たわっているということはあまりピンと来ないと思います。
しかしこのオーストリアは国土の63%が山岳地帯でウィーンを少しでも離れれば自然が作り出した変化に富んだアルプス山脈の地形と美しい風景が広がっています。
ウィーンにいてアルプスと言えば、スイス方面である、ザルツカンマーグートやもっと西側のチロルを最初にイメージすると思いますが、ウィーンからずっと南へ行った
シュタイヤーマルク州やケルンテン州にだってアルプスが横たわっています。
そのケルンテン州の州都クラーゲンフルト近くに横たわる、有名な湖があります。
それがWörthersee (ヴェルターゼー)・・・ヴェルター湖(ヴェルト湖)です。
オーストリアにはたくさんの廃墟のお城があり、たいていは地元で有名なハイキングコースになっています。
すでにこのコーナーでも、ヴァッハウ渓谷のデュルンシュタインにあるクエンリンガー城やシュピッツにあるヒンターハウスの廃墟のお城、ウィーンの森にあるメードリンクの廃墟のお城などを紹介していますが、今回は温泉地バーデンです。
10月も半ばに入り、朝と日中の気温の差が大きくなり、霧も多くなってきました。
ウィーンリンク道路の並木もかなり葉を落とし始めています。
そのリンク道路沿いには大きな公園が5つあるわけですが、観光でもお馴染みなStadtpark(市立公園)は街中とは思えない程豊かな緑があり、のんびりしています。
リンク道路からこの公園に入ってくると、定番のシュトラウス像がすぐ見えるので、
なぜかそこからもう少し奥へ行こう・・・という気持ちがなくなってしまうようです。
そこから少し奥へ行くとウィーン川が流れているのが下の方に見えます。
このコーナーでは自転車にも結構触れていますが、生活をしていると自転車に乗っている人が多く、街中の道路を見ていても自転車専用ゾーンがたくさんあります。
リンク道路などでは歩行者専用ゾーンの隣に自転車専用ゾーンがあり、かなりのスピードで自転車が走り抜けることがよくあります。
また歩行者が信号待ちをしている時に、自転車ゾーンで待っている観光の皆さんが結構多く、自転車専用ゾーンをブロックしている光景をよく見かけます。
1990年代のウィーン市内では190kmの自転車ゾーンがありましたが、2014年7月には
1.259kmの長さになっています。
街中以外にも快適なサイクリングコースがいくつもあるわけですが、2013年8月30日付で
ヘレーネン渓谷のサイクリングコースを紹介しましたが、今回は全く反対側のコースです。
ウィーンでは中央墓地というヨーロッパで2番目に大きな墓地があり、たくさんの音楽家や
有名人達が眠っていることで知られています。
音楽ファンの方にとっても、またこの墓地には映画"第三の男"のラストシーンがあることから重要な観光ポイントにもなっています。
このブログコーナーでも何回か登場しています。
中央墓地、中央墓地2、中央墓地3、中央墓地4も参照して下さい。
この中央墓地に日本人専用のお墓が登場することになります。
ウィーンには荘厳で、様々な建築様式の建物が多くあるわけですが、そんな建物を外から見てるだけでももちろん素敵ですが、内部空間も素敵な所がたくさんあります。
ウィーンに来てシェーンブルン宮殿を見ない人はまずいないでしょう。
宮殿の内部見学、美しい庭園、時間がある方はグロリエッテも行くでしょう。
ここは観光客だけでなく、地元の人達にとっても憩いの場所となっています。
さて、そのシェーンブルン宮殿を見てもその敷地内にある動物園に行く人は少ないのではないでしょうか。
しかし、この動物園が地元ではとにかく人気があり、家族連れで賑わっています。
このシェーンブルン宮殿の動物園・・・Tiergarten Schönbrunn は、マリア・テレジアの夫ロートリンゲン公フランツ・シュテファンによって、ロートリンゲンの建築家Jean Nicolas Jadot de Ville Issey により、彼らにとってこの新しい夏の離宮シェーンブルン宮殿にMenagerie (メナゲリー)という小動物園を置きたいことから始まりました。
1752年に完成し、現在進行形で運営されてる動物園では世界最古です。
ウィーンは"森の都"とも言われ、緑豊かな街で、至る所に公園やちょっとしたくつろげる緑があります。
リンク道路沿いの市立公園や王宮庭園、国民庭園なども素敵ですが、シェーンブルン宮殿、
ベルヴェデーレ宮殿といった定番な観光ポイントの大きな庭園でも十分散歩を楽しめます。
ベルヴェデーレ宮殿真横の植物庭園や、よくここでも話題に登場するヒルシュシュテッテンの花壇庭園は個人的に好きな所で、よく出かけます。
そのヒルシュシュテッテン花壇庭園(Blumengärten Hirschstetten)の行き方の質問が
多くなってきたので、今日はそこへの行き方について書きたいと思います。
天使の歌声と言われるウィーン少年合唱団は世界的に有名で、地元オーストリアだけでなく日本でもよく活躍していますね。
7月~8月を除く9月半ばから毎週日曜日に王宮礼拝堂でウィーン少年合唱団のミサがあることは有名で、このサイトのウィーンの博物館とオープン時間でも紹介しています。
今日はこのウィーン少年合唱団のミサを見ることについて書きたいと思います。
去年の10月に「悲劇のマイヤーリンク」というタイトルで、ハプスブルク家のルドルフ皇太子とマリー ヴェッツェラ男爵令嬢のピストル心中自殺について書きました。
ウィーンの街を歩いていると、よくBürgerhaus (ビュルガーハウス)として、
赤白の目印的な旗と共に重要文化財に登録されている建物を見かけます。
ウィーンの旧市街にはこのBürgerhausがたくさんあります。
ウィーンのリンク道路沿いには5つの大きな公園がありますが、そのひとつであるVolksgarten (フォルクスガルテン)・・・国民庭園はバラがこの時期とても綺麗な庭園です。すぐそばには王宮、国会議事堂といった荘厳な建造物があります。
この中に入るとすぐに目立つギリシャ神殿のようなものが建っています。
ウィーンの王宮は非常に複雑で様々な建築様式から成り立ち、一度も完成しませんでした。
様々な博物館や現在でも政治的にも使われていますが、今日はその一角にあるSchatzkammer (宝物館)について少し書きたいと思います。
オーストリアはヨーロッパアルプスを大きく横たえて持っている国で、国土の63%が
山岳地帯です。ウィーンはやはり"帝国の都"なのでウィーンの中心にいる限りは、この国にアルプスがあるなんて想像すらできません。
ウィーンの森から始まって、山の高さがどんどん高くなっていく・・・
これこそオーストリアの地形の特徴です。
今回はオーストリアの最高峰"GROSSGLOCKNER"(グロースグロックナー)について少し書きたいと思います。
ウィーンのシンボルのひとつシュテファン大聖堂のすぐそばに、Blutgasseというウィーンらしい中世の面影を残す石畳の閑静な小路があります。
この夏の時期の毎年の恒例といえば、市庁舎のフィルムフェスティバルでしょうか。
市庁舎前に設置された
大きなスクリーンで、歴代の
名演を無料で見ることができるオープンエアコンサートです。
分野もクラッシックだけでなくオペラ、ポップ、ジャズと幅広いです。
ウィーンに来たら絶対に見逃すことができないシェーンブルン宮殿は、毎日たくさんの人で賑わっています。
シェーンブルン宮殿に来たら、たいてい宮殿の内部見学をされると思いますが、ここはできれば時間をとって庭園をゆっくり見て頂きたいと思います。
ここシェーンブルン宮殿は余裕で1日過ごすことができます。
時間がなくてもせめて丘の上にあるシェーンブルン宮殿のシンボル的なグロリエッテには行って頂きたいです。
さてこのシェーンブルン宮殿の庭園一角に、シェーンブルン宮殿の名前になっているSchöner Brunnen (シェーナー ブルンネン)・・・美しい泉があります。
ウィーンの街は本当に緑が多い街で、中心界隈から外側に向かって公園や庭園もたくさんあるわけですが、もっと外側にはウィーンの森がありますね。
ウィーンは"森の都"とも言われています。
ウィーンでは手軽に自然が楽しめる所がたくさんあり、地元の皆さんも天気が良ければ冬だって散歩をよくします。
ドイツ語でハイキングはWandern(ヴァンデルン)と言いますが、手軽に自然の中を歩く程度から本格的なハイキングまでによく用いられている言葉です。
オーストリアはアルプスの国なので、もちろんウィーンから離れて行けば本格的なハイキングコースが星の数ほどあるわけですが、ウィーンの中にもウィーン市が定めている”Stadtwanderweg"と呼ばれるハイキングコースがいくつかあります。
※Forstamt und Landwirtschaftsbetrieb der Stat Wien (MA49) より
ウィーンの重要な博物館のひとつに自然史博物館があります。
ここには"自然"をテーマにした陸・海の動物のはく製、微生物、恐竜コーナー、人類の歩み、鉱物、隕石・・・等々と様々なものが展示されてます。
その中で考古学上大変重要なもののひとつにヴィレンドルフのヴィーナスがあります。
ここが話題になって早いもので、すでに10年以上が経ちました。
ウィーン国際空港へ車で向かう時などに、高速道路上からまず見落とすことがない、
煉瓦で作られた大きな4つの円柱が並んでいるのが見えます。
あれは何ですか・・・とよくお客様からも御質問があります。
それはGasometer (ガソメーター)です。
ウィーンには世界で最も音響のいいホールのひとつである有名な「Gesellschaft der Musikfreunde・・・楽友協会」があります。
ウィーンフィルの本拠地であると同時に、ニューイヤーコンサートが開かれる場所でもあります。
その楽友協会の地下には、2004年以来から4つの新しいホールが作られて頻繁に利用されています。
楽友協会の建物の地下ということですが、1870年からの歴史あるこの建物の真下に建設することはリスクを伴うことから、実際は建物の真下ではなく、正面入り口がある広い空間の地下に建設されました。
もちろん、楽友協会内部からそのまま地下のホールに通じています。
今日はその4つのホールについて書いてみたいと思います。
楽友協会ホールについては以前にここでも紹介しているので参考にして下さい。
ウィーンのシンボルとも言えるシュテファン大聖堂は12世紀半ばから現在に至るまでの約870年間ずっと歴史を見つめて来ました。
それだけの歴史がこの大聖堂には詰まっているので、じっくり見るとそれなりの時間がかかり、言われあるものが数多く残されています。
その中で大変重要な石細工の説教壇があります。
メルク修道院の続きです。
メルク修道院 1 , メルク修道院 2 , メルク修道院 3 も御覧下さい。
バルコニーを抜けると自動ドアがあって、そこの扉を開けると素晴らしい図書館に入ります。
ここは以前撮影が可能でしたが、現在では図書館に関しては撮影が禁止されています。
この素晴らしい図書館はバロック様式で、本棚がそれぞれローマ数字で書かれて16種類に分けられた2階建て構造です。
メルク修道院の蔵書は100.000冊以上あり、この空間には16.000冊ほどしかありません。
空間中央のガラスケースには、貴重な書物が展示されています。
蔵書の中には、手書き書も1.800冊ほどあり、古い物は9世紀初頭のものもあります。
また地球儀と天球儀も置かれ、入り口と出口には医学、哲学、法学、神学を表す2体ずつ計4体の像が立っています。
この時期にはウィーンからの1日観光でよくヴァッハウ渓谷に行きます。
ヴァッハウ渓谷は私も大好きな場所で、世界遺産にも登録されていて、個人的にもよく出かけます。
通常の1日観光では、午前中にメルクの修道院を見学します。
このメルクの修道院に関してすでにこのコーナーでも何回か話題にしていますが重要なバロック建築です。
メルク修道院単独では世界遺産ではありませんが、ヴァッハウ渓谷のメルク~クレムスまでということで世界遺産に入っています。
シューベルトの誕生日の1月31日付で、ウィーンにあるシューベルトの生家について少し書きました。
シューベルトはここに生まれてから4年半住むことになります。
実際に2階に彼が住んだ場所で、
後にウィーン市がこの建物を
買い取り、1912年6月18日から
博物館として一般公開されました。
その後、シューベルトが実際に生きていた当時のように修復されて
1969年5月14日から新たに一般公開されています。
このシューベルトの生家の中庭の奥に、あまり気づくことがないものがあります。
ウィーンの森は歴史的にも重要な観光スポットが点在していますが、通常ウィーンの街から半日観光でウィーンの森南方面に出かけることが多く、ハイリゲンクロイツ修道院、
マイヤーリンク、ゼーグロッテといった見どころを中心に回ります。
地元の皆さんや、ウィーン近郊ではなくもっと遠くに住んでいる地元オーストリア人の人達は、車でウィーンの森に来て、車を停めて、Wandern (ヴァンデルン)・・・いわゆる
ハイキング、森歩きをこの豊かな自然の中で楽しみます。
ハイキングをすると、必然的に整備されたハイキングコースを歩くので、
ウィーンの森に点在している街を見るということではなく、文字通り森の中、林の中を歩くわけですね。
ウィーンの森に新石器時代の跡も確認されていて、
ベートーヴェンも住んだMödling (メードリンク)という街が、先日紹介した
リヒテンシュタイン城に近い所にあります。
この街から上の方に見える廃墟のお城があります。
今日はいきなりインスブルックで、インスブルックに行けば誰もが見る
「黄金の小屋根」について書きたいと思います。
インスブルックは私の大好きなチロル州の州都ですが、ウィーンから高速道路で476km
離れた所にある、アルプス地方では最も人口が多い有名な歴史ある古都です。
ウィーンからはかなり離れていますね。
映画「第三の男」は、ウィーンが万華鏡のように登場し、カンヌ映画祭でもグランプリを獲得した往年の名映画です。
白黒ですが、ウィーンを知らなくても十分おもしろく、ウィーンの街並みを知っているともっとおもしろい映画で、1949年キャロル・リード監督によるもので、今でも第三の男ファンの方がたくさんウィーンに集まります。
私もこの映画は好きで、いつか時間があればそれぞれの映画のシーンがどこで撮影されたかをここで書きたいぐらいです。
映画で印象的だったシーンはいくつもありますが、大観覧車とラストシーンの並木道は今でも色々なお客様から質問を受けます。
以前ここでも紹介した「ウィーン名物大観覧車」では、少し第三の男に触れています。
今日はその第三の男の有名なラストシーンの並木道についてです!
「第三の男」のラストシーンの並木道はウィーンの有名な中央墓地にあります。
通常観光では中央墓地というとやはり音楽家のお墓がたくさんある区域を訪れますが、この映画ファンの方にとっては並木道の方が大事というわけです。
御興味があれば中央墓地、中央墓地2、中央墓地3、中央墓地4も御覧下さい。
ウィーンにはたくさんの個性溢れる博物館がありますが、その中のひとつで
Haus der Musik (ハウス・デア・ムヅィーク)、日本語で「音楽の家」というおもしろい博物館があります。
こちらはちょっと珍しいウィーンのガス灯です。
よく見ると、ロウソクのようにほのかな火が灯されているのが見えますね。
これはシェーンブルン宮殿のすぐそばにある
ウィーンで最後に消されたガス灯です。
現在では再びこのようにガス灯を見ることが
できます。
ウィーンで初めて公に街燈が灯されるのは、
1687年11月7日です。
ハプスブルグ家の皇帝レオポルド1世の時代に現在のウィーン旧市街1区にあるDrotheergasseで、試験的に脂による17個の街燈(ドイツ語でLaterne)が設置されました。
その1年後には、皇帝の決断によってすでに
2000個の街燈が設置されました。
当時から88年間は、その外灯が設置された場所の市民が、自ら燃料を入れたり、
掃除や点火を行っていました。
その後18世紀後半には油からの外灯になり、Lampenknecht(ランペンクネヒト)という人々が点火などを行っていました。
1818年にウィーンでは初めてガス灯が導入され、現在の旧市街地に25個設置されました。
19世紀の後半に電球が発明され、それからは徐々に電気が優勢になっていきました。
6個の電球街燈が試験的に試され、その後1902年からは電球の街燈が設置され、
1923年からガス灯が電灯に徐々に変わっていきました。
そして1962年11月27日、当時にウィーン市長フランツ・ヨーナスによって最後のガス灯が消されました。
それがこのガス灯だったわけです。
ウィーン21区の地元で有名なホイリゲがあるStammersdorf の近くを流れるMarchfeldkanal(マルヒフェルトカナール)・・・マルヒフェルト運河は水路沿いの散歩道とサイクリングコースとして地元ではよく知られています。
ウィーンの街はローマ時代からの街ですね。
その当時ヴィンドボナと呼ばれ、現在のリンク道路の内側よりもはるかに狭い部分が城壁で囲まれていました。
中世のバーベンベルク王朝時代の12世紀終わりに新たに城壁が築かれていき、ほぼ現在のリンク道路内側の大きさになり、更に16世紀半ばにかけてバスタイが築かれたわけです。
それが19世紀後半に取り壊されて、リンク道路が建設されます。
街中ではその貴重な城壁の名残りを何ヶ所かで見ることができるわけです。
去年11月15日付で貴重な城壁の名残り1を紹介していますが、今回はその第2弾です。
ウィーン旧市街地にHoher Markt(ホーアーマルクト)というローマ時代からの歴史的に
重要な広場があります。
そこは歴史的に特に重要ですが、それ以上にここが知られているのは、
アンカー時計という有名なからくり時計があるからです。
ウィーンの王宮は、それぞれの時代に様々な増改築が繰り返されてとても複雑な建築様式から成り立っているわけですが、その王宮の一角にオーストリア国立図書館に属する「Prunksaal」(プルンクザール)という、世界でも最も美しい図書館のひとつがあることで有名です。
Prunkは、豪華、華麗という意味のドイツ語です。
街中でまず気づくことがない・・・でもシュテファン大聖堂のすぐそばにあり、地元ウィーンではとても知られている歴史的遺産のひとつとして、Stock-im-Eisen (シュトック・イム・アイゼン)があります。
Stock-im-Eisen・・・「鉄の中の切り株」なんていう日本語の直訳でしょうか。
ウィーンのリンク道路沿いにマリア・テレジア広場という有名な広場あがります。
そこには、マリア・テレジア女帝が中央に、その両側には美術史博物館と自然史博物館という、双子のような荘厳な建造物が見られます。
美術史博物館についてはここではすでに数回登場していますが、今回は自然史博物館について少し書きたいと思います。
2013年10月23日にこのコーナーで、ウィーンの王宮1について少し触れ、王宮の一番古い部分のスイス宮とそこにある王宮礼拝堂、スイス宮の中庭に通じるスイス門を中心に紹介しました。
ウィーンの王宮はハプスブルグ家が始まる前の13世紀からハプスブルグ帝国が終わる1918年までに様々な増改築が行われ、非常に複雑であると同時に、その時代を反映するあらゆる建築様式を見ることができます。
以前このコーナーで紹介した「カフェ ハイナー」や「オーバーラー」といった
ケーキがおいしいことで有名なカフェのチョコレートもお勧めですが、
今日は別のチョコレート屋さんを紹介したいと思います。
このチョコレート屋さんは、日本からオーストリア航空の直行便でウィーンに来る方々に、去年から徐々に知られてきた、質のいいチョコレート屋さん
「LESCHANZ」(レシャンツ)について少し書いてみたいと思います。
今年のウィーンの冬は今の所かなり暖かいです。
日中の気温がマイナスになったのは、1月25日から1週間続いただけで、朝方はマイナスはありましたが、それ以外日中は今日までずっとプラスで10℃達しないぐらいです。
そのため雪もあまり降らず、本当に街が白くなったのは2回ぐらいしかないような気がします。
ウィーンは数多くのユーゲントシュティール様式を見ることができますが、その中でも特に重要な建築のひとつであるアム・シュタインホーフ教会があります。
この教会は、以前にもこのコーナーでも紹介したオットー・ヴァーグナーによるもので、ウィーン14区の「Sozialmedizinisches Zentrum Baumgartner HöheOtto-Wagner Spital und Pflegezentrum」という精神病院敷地内奥の小高い所に建っています。
この病院はもともと1904~1907年、低部オーストリア州立の神経・精神病患者のための治療と介護施設の「Am Steinhof」ということで建てられました。
ここは当時この分野ではヨーロッパ最大であり、最もモダンな施設でした。
オットー・ヴァーグナーは教会だけでなく、この施設のプランにも携わりました。
数日前にPRASKACのアストロガルテンに唯一咲いていたチャボリンドウについて書きました。
PRASKACは地元で有名なガーデンショップで、ウィーンから車で約40km走ったTullnにあります。
去年2013年7月30日にこのコーナーで「花のねこ (Blumenkatze)」というタイトルでPRASKACを紹介しました。
ここにはBlumenkatze(ブルーメンカッツェ)...花のねこ...正式にはPRASKATZ (プラスカッツ)があります。
ウィーンのリンク道路沿いの重要な建造物のひとつにRathaus(市庁舎)があります。
このコーナーでもRathauskellerや、市庁舎のクリスマス市などと
何回か話題にしています。
この市庁舎前の広場は年間を通して色々なイベントに使われます。
特にクリスマス市や夏のフィルムコンサートは毎年の恒例となっています。
ウィーン料理が食べられるレストランはいくつもありますが、歴史と話題性がある
ウィーン最古のレストラン「Griechenbeisl グリーヒェンバイスル」は、
ガイドブックでもお馴染みです。
このコーナーでは何回か中央墓地について紹介していますが、中央墓地には全部で6つの現在使用されている門(入口)があります。
一般的には「ウィーンの中央墓地 2」でも書いていますが、第2門で路面電車を降ります。
6つある中央墓地の門の中でこの第2門が一番印象的で、時代様式を見ることができます。
ウィーン9区の一角に地元でよく知られたStrudlhofstiege
(シュトゥルードゥルホーフシュティーゲ)という、Pateurugasse と階段の名前と同じStrudlhofgasseの高低差を結ぶ絵になる美しい階段があります。
今年は現時点で日中の気温がまだマイナスには下がっていません。
そういう意味では暖かめのこの時期ということになるでしょうか。
雪も今年はとても少ないですね。
先日雪が降った時にウィーンの森に行きました。
ウィーンの森は、「森」という名称ですが、ヨーロッパアルプスの一番端に位置するわけで、アルプスですが「Wienerwald ・・・ウィーンの森」と呼ばれています。
アルプスはそれぞれの地域によって、~アルプス、~谷、~グループ等と細かく名称が
別れていて、それを全部ひっくるめて「Alpen (アルペン)」とドイツ語で言われ、
いわゆるアルプスです。
ウィーンを北、西、南と3方向から囲むウィーンの森は見所もとても多いです。
このコーナーでは「ハイリゲンクロイツ修道院」、「マイヤーリンク」 ,「ゼーグロッテ」などと見所を紹介していますが、同じウィーンの森南にあるリヒテンシュタイン城も
有名です。
前回の中央墓地シリーズ「ウィーンの中央墓地 3」は2013年10月28日に書き、
ヨハン・シュトラウス(父)に触れました。
今日は32A区にはない有名人としてCarl Czerny ・・・カール・チェルニー(日本ではツェルニーとしての方が有名でしょう)のお墓です。
ウィーン中心から車で22km南へ走ると、Hinterbrühl(ヒンターブリュール)というウィーンの南の森の街があります。
Hinterbrühlは、シューベルトが「菩提樹」の発想を得たというゆかりのレストラン「Höldrichsmühle」(ヘルドリッヒスミューレ)もあります。
そこから2.5kmしか離れていない所に、6.2km²もある「Seegrotte」(ゼーグロッテ)というヨーロッパ最大の地底湖があります。
2013年9月22日付で美術史博物館の天井画を紹介しました。
その美術史博物館の吹き抜け大階段ホールの天井画は見るものを圧倒します。
たいていここを訪れる方は、2階の絵画コーナーがメインですので、通常エレベーターを
使用しない限り、この大階段を上がって絵画コーナーに足を踏み入れます。
その時に天井にはその「ルネッサンス讃歌」が迎えてくれるわけです。
今日ここで紹介する天井画は、中2階にあるKunstkammer(クンストカンマー・・・芸術の小部屋)にある天井画です。
以前11月15日付で、ウィーンの街中に残る貴重な城壁について書きました。
それが19世紀後半の取り壊されてリンク道路が建設されるわけですが、その頃ウィーンの中心のもっと外側には「Linienwall」(リーニエンヴァル)と呼ばれたいわゆる2つ目の城壁がかなり外側を環状的に囲んでいました。
中心の貴重な城壁と同様、あまり知られていませんが、このLinienwallの名残も数か所で見ることができます。
久しぶりに知られざる美しい中庭風景シリーズです。
前回は11月29日にこのコーナーで知られざる美しい中庭風景4で、秋らしいMelkerhofとパヴラッチェンを紹介しました。
ウィーンには外からは全く分からないちょっとホッとする静かな中庭空間が
たくさんあります。