今年は現時点で日中の気温がまだマイナスには下がっていません。
そういう意味では暖かめのこの時期ということになるでしょうか。
雪も今年はとても少ないですね。
先日雪が降った時にウィーンの森に行きました。
ウィーンの森は、「森」という名称ですが、ヨーロッパアルプスの一番端に位置するわけで、アルプスですが「Wienerwald ・・・ウィーンの森」と呼ばれています。
アルプスはそれぞれの地域によって、~アルプス、~谷、~グループ等と細かく名称が
別れていて、それを全部ひっくるめて「Alpen (アルペン)」とドイツ語で言われ、
いわゆるアルプスです。
ウィーンを北、西、南と3方向から囲むウィーンの森は見所もとても多いです。
このコーナーでは「ハイリゲンクロイツ修道院」、「マイヤーリンク」 ,「ゼーグロッテ」などと見所を紹介していますが、同じウィーンの森南にあるリヒテンシュタイン城も
有名です。
雪景色のウィーンの森も素敵です。
ウィーン市よりも標高が高い所にあり、ウィーンは白くなくてもウィーンの森に来ると雪が積もっている・・・ということはよくあります。
このリヒテンシュタイン城は、ウィーンの森南に位置するMariaenzersdorfにあります。
名前の通りオーストリアの西とスイスの境にあるリヒテンシュタイン公国の
リヒテンシュタインです。
リヒテンシュタイン公国がずっと今の場所にあったような気がしますが、このウィーンの森のこの場所が、はあまり知られていませんがリヒテンシュタインの発祥地です。
1130~1140年にHugo von Petronell-Liechtensteinがこの場所に塔と礼拝堂を備えたお城を作らせました。
Thermenlinie という温泉ラインに沿ったちょっとした要塞を意味しました。
その直後彼はHugo von Petronell von und zu Liechtensteinと名乗っています。
この人物がリヒテンシュタイン家の最初であるわけです。
13~15世紀にかけて何回も拡張されていきました。
14~19世紀初めまではここの持ち主が頻繁に変わって行きました。
ここの建築素材はBurgenland州にある、St.Margarethen(ザンクト・マルガレーテン)という有名なローマ時代の石切り場からのものが使われています。
1683年のオスマントルコの2回目包囲の時にここは壊されて、それ以来廃墟となっていました。
1808年に再びリヒテンシュタインのヨハン・リヒテンシュタインがこの廃墟場を入手し、中世の頃から残されていた土台部分などをそのまま使い、1836年に現在の形に再建させました。
12世紀のロマネスク様式と19世紀のロマン主義的要素が混ざった
とても情緒あるお城です。
ここは見学可能で3月~10月までは毎日オープンしています。
ちなみにリヒテンシュタイン公国は、18世紀の初頭、神聖ローマ帝国から自治権を
与えられて、現在の場所に拠点がありますが、ハプスブルグ家がウィーンを拠点に勢力を
拡大していく中で、リヒテンシュタイン家はハプスブルグ家と共に歩み、ハプスブルグ家のとても信頼された家柄としてウィーン市内にも宮殿があります。
またウィーンにはリヒテンシュタイン美術館もありますね。
こちらは雪景色のウィーンの森の散歩道です。
このリヒテンシュタイン城界隈は、ハイキングにも人気があるスポットです。
ウィーンの森はたくさんのハイキングコースが整備されています。
天気がいい時には冬だって歩いている人が多いです。
雪景色のウィーンの森もとても素敵ですね。