大作曲家ベートーヴェンはドイツ人ですがウィーン、ウィーン近郊にたくさんの足跡を
残しました。
ウィーンの街だけでもベートーヴェンの跡を辿ったら時間がいくらあっても足りません。
ウィーンの南の森には温泉街で有名なBaden(バーデン)があります。
この街はローマ時代からの温泉地で、ハプスブルグ家の避暑地でもあり、
数多くの有名な音楽家が住みました。
この街にベートーヴェンは計15回、少なくとも7つの家に住みました。
その中でこの「第九交響曲の家」は特に知られています。
ここの入口に掲げてある銘板に見られるとおり、
ベートーヴェンはこの家に1821年、1822年、1823年と3年間続けて夏に滞在しました。
この家は当時の家主が金細工師であったため,Kupferschmiedhaus という名も残されています。
ここでは、ミサ・ソレムニス、献堂式の部分などを作曲しますが、何と言っても第九交響曲のほとんどを作曲しています。
これはこの第九交響曲の家に前の地面にはめ込まれた
プレートです。
有名な第九の旋律ですね。
ベートーヴェンはどうやら、シラーの詩「歓喜に寄す」に感動して、彼が22歳というかなり若い頃にすでにこの詩に曲をつけよう・・・と思っていたようです。
第九交響曲が最終的に完成するのはこのバーデン最後の滞在の翌年1824年、ウィーンで最後を仕上げています。ベートーヴェンが54歳の時でした。
この第九交響曲作曲時は、完全に聴力は失われていました。
・・・にもかかわらずこの感動的な大曲を書いたわけです。
初演は1824年5月7日 ウィーンのケルントナートーア劇場で行われました。
ベートーヴェン本人は失敗したと思い、聴衆の方を向けなかったそうです。
また拍手ももちろん聞こえませんでした。
そこで歌手がベートーヴェンを聴衆の方に振り向かせ、初めて拍手を見ることができた・・・というのは知られた逸話です。
ここの2階は博物館になっていて、ベートーヴェンの第九交響曲を始め、様々な資料を
見ることができます。